函館地方裁判所 昭和47年(ワ)137号 判決 1973年3月12日
原告
和泉鉄子
被告
株式会社馬場眞治商店
ほか一名
主文
一 被告らは原告に対し、各自金二三六万一三〇二円およびうち金二一六万一三〇二円に対する昭和四七年三月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決第一項は、かりに執行することができる。
五 ただし、被告らが共同して金一六〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
(一) 被告らは原告に対し、各自三八七万六〇三六円およびうち三四七万六〇三六円に対する昭和四七年三月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および第(一)項につき仮執行の宣言。
二 被告ら
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決および仮執行免脱の宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 事故の発生
原告は、昭和四二年一二月二二日午後三時五〇分ころ函館市高松町一四七番地先路上において、被告馬場眞治(以下被告馬場という。)の運転する小型貨物自動車(函四ひ七八五一号、以下被告車という。)に衝突された。
(二) 傷害の程度
原告は、右事故により頭部・胸部・腰部打撲傷を受け、その治療のため、入院三八九日、通院治療期間約三年(治療実日数四四六日)を要したが完治せず、昭和四七年三月ころ、自賠法施行令別表の後遺障害等級七級三号に該当する精神障害または七級四号に該当する著しい神経系統の機能障害を残す後遺症が固定した。
(三) 責任原因
1 被告株式会社馬場眞治商店(以下被告会社という。)の責任
被告会社は、被告車を運行の用に供していたので、自賠法第三条により、原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
2 被告馬場の責任
被告車が本件事故現場付近にさしかかつた際、道路左端にはバス(以下本件バスという。)が停車していた。一般に、停車中のバスの右側を通過しようとする自動車運転者は、バスから降りた客がバスの前面を通つて道路を横断することも一般に予想されるのであるから、かかる事態に備えてバスの陰からの横断者の有無を確認して減速徐行し、また、状況により警音器を吹鳴して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、被告馬場はこれを怠り本件バスの陰から出て来る者はあるまいと軽信し、漫然と毎時四〇キロメートルの速度のまま本件事故を惹起した。よつて、被告馬場は民法第七〇条により、原告の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。
(四) 損害
1 治療費 四八万五三二九円
2 入院雑費 七万七八〇〇円
入院一日当り二〇〇円の割合による三八九日分。
3 通院交通費 二万六七六〇円
実通院日数四四六日に対する一日当り六〇円のバス往復最低料金。
4 休業損害 一四九万六二七七円
原告は、高野漁網に女工として雇用され、一日当り九六一円の賃金を得ていたが、前記傷害のため事故の翌日である昭和四二年一二月二三日から同四七年三月二七日までの一五五七日間稼働することができず、その間に一四九万六二七七円の休業損害を被つた。
5 逸失利益 一一五万三八七九円
原告は、前記後遺症のため、従前の労働能力を五六パーセント喪失し、その状態は、前記後遺症固定時の昭和四七年三月ころから七年間継続すると考えられるので、その間に原告が失つた得べかりし利益は、一一五万三八七九円となる。
計算式
961円×365=35万0765円(年収)
5.8743(ホフマン係数)
35万0765円×0.56×5.8743=115万3879円
6 慰謝料 一七三万円
7 過失相殺
原告が被つた右損害の合計額は、四九七万〇〇四五円となるところ、本件事故発生については、原告にも二割の過失があつた。そこで、右過失を斟酌すると、損害額は三九七万六〇三六円となる。
8 自賠責保険金等の控除 五〇万円
原告は被告らから一九万三二三二円の支払を受け、自賠責保険金三〇万六七六八円を受領しているのでこれを控除すると、残額は三四七万六〇三六円となる。
9 弁護士費用 四〇万円
原告は、本訴の提起を弁護士大巻忠一に依頼し、その費用として四〇万円の支払を約した。
(五) 結論
よつて、原告は被告らに対し、各自以上合計三八七万六〇三六円およびこのうち弁護士費用を除く三四七万六〇三六円に対する本件不法行為の後の日である昭和四七年三月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 請求原因第(一)項の事実について認める。
(二) 同第(二)項の事実について
原告が腰部打撲傷の傷害を受けたことは認めるが、胸部・頭部打撲傷を受けたことおよび療養日数は不知。後遺症の存在は否認する。かりに、原告主張のような後遺症があつたとしても、本件事故との因果関係を争う。
(三) 同第(三)項の事実について
1 1について 被告会社―認める。
2 2について 被告馬場―被告馬場に原告主張のような過失があつたことは否認し、その余は認める。
(四) 同第(四)項の事実について
1 1ないし3について 不知。
2 4について 原告が高野漁網に女工として雇用されていたことは認めるがその賃金額は不知。原告がその主張の日数について稼働できなかつたという点は争う。昭和四六年四月ころには、原告は自宅で漁網修理を行なつていたものである。
3 5について 労働能力喪失の事実、その喪失率および減収期間を争う。
4 6について 慰謝料額は争う。
5 7について 原告に過失のあつたことは認め、原告と被告馬場との過失割合は争う。
6 8について 認める。
7 9について かりに、原告主張どおりの約束があつたとしても、原告の請求する弁護士費用と本件事故との間には相当因果関係はない。
三 過失相殺の抗弁
かりに、被告馬場に原告主張のような過失があつたとしても、本件事故は、道路左端に停車中の本件バスの陰から道路の交通状況をまつたく顧慮しないで、被告車の直前に飛び出して来た原告の過失と相俟つて発生したものである。また、右バスは、本件事故当時停留所を約一〇数メートル通過してから停車したものであつて、右停車は後続車両に対し、必ずしも乗客の降車を予想させるような状況にはなかつた。
よつて、原告と被告馬場との過失の割合は、六対四をもつて相当する。
四 過失相殺の抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因第(一)項の事実は、当事者間に争いがない。
二 原告の傷害の程度
(一) 原告の事故後の病状
1 函館中央病院での治療経過
〔証拠略〕によれば、原告は被告車に衡突されて路上にあお向けに転倒して頭部を打つたこと、原告は事故直後函館中央病院に運ばれ、訴外藤井正三医師の診察を受けたが、その後頭痛、めまいおよび吐気等を訴えなかつたし、また、意識障害もなかつたが、原告は一時的にものがわからない状態があつた旨訴えたこと、原告の左臀部に軽度の腫脹と圧痛とがあり、第五胸椎に圧痛があつたが、レントゲン所有上、頭部、胸椎および腰椎には異状は認められなかつたこと、原告は頭痛・胸部・腰部打撲傷という診断を下され(原告が頭部打撲傷を負つたことは当事者間に争いがない。)、用心のために事故当日から人院して治療を受けることになつたこと、事故当日入院して間もなく悪心があり、その翌日から頭部痛を訴えるようになり、悪心もしばらく続いたこと、入院後一週間を経過してからの検査によると、脳圧坑進もなく、瞳孔にも異常がなかつたこと、昭和四三年一月になつてから漸次頭重感および頭部痛が緩和したため、入院治療から退院治療に切り換えることとして同月一三日函館中央病院を退院したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
2 渡辺病院および市立函館病院柏木分院における治療経過
〔証拠略〕によれば、原告は函館中央病院を退院後も吐気および頭重感に悩まされ、昭和四三年一月一六日渡辺病院に赴き、同月一七日から同年三月二〇日までの間入院治療を受け、退院後も通院治療を受けていたこと、原告は、同年一一月二五日ないし二六日に初めてけいれん発作と呼吸困難性発作に襲われ意識不明となつたこと、右発作をかわきりに原告は毎月二ない三回ずつ同様の発作に悩まされることになつたこと、同年一二月二日の平常時の脳波検査の結果異常脳波の出現が認められたこと、そして、原告は昭和四五年五月二二日から再度渡辺病院に入院し、入院時の知能指数(IQ)は六六であつたこと、同年六月二日行われた気脳写の結果左側の脳室の拡大が認められたが、髄液検査の結果では異常は認められなかつたこと、訴外加藤厳医師は原告が入院中硬直性けいれんを伴う呼吸困難性発作に襲われたところを一ないし二回現認していること、原告の発作に対して、昭和四三年一二月から同四六年六月一杯まで坑けいれん剤が使用されていたが、原告の発作には心因的要素も含まれているとの診断のもとに、同年七月から坑生新薬が使用されるようになつたこと、原告は昭和四六年三月一九日まで渡辺病院に入院し、その後今日に至るまで通院治療を受けていること、前記坑生新薬使用後発作の発生回数も漸次減少していること、原告は渡辺病院に通院するかたわら、同年一〇月七日から一八日までの間五日にわたつて市立函館病院柏木分院に赴き諸検査を受けたこと、知能検査の結果によれば、知能指数は六八であり、脳波検査の結果によれば、睡眠時は正常であつたけれども、深呼吸を三分間行なう過呼吸テストでは脳波に大きな徐波が増強し、原告の年代の婦人としては徐波の出現度が多く見られ、閉眠安静時でも脳波に年令不相応な徐波が出現し、脳波の異常は、それほど重篤なものではないが、問題を含んでいること、昭和四六年に入つてから原告の発作も漸次おさまり、昭和四七年二月以降発作は起きていないこと、同年九月一日の脳波検査の結果によると、やはり異常波が認められること、原告が渡辺病院および柏木分院に通院した日数は、右脳波検査の日を加えて三八二日に及んだこと(右日数を超える部分については確たる証拠がない。)、原告は最近になつて、唇がしびれて言語活動に支障をきたすことが週に二回位あること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) 原告のけいれん発作および呼吸困難性の発作等と本件事故との因果関係の有無
1 原告の生育歴および生活歴
〔証拠略〕によれば、原告は五体満足で出生し、幼少時からてんかん発作はもちろん小発作を起こしたこともなくまた、原告の母訴外和泉イシもそのような発作に襲われたことはないこと、原告は宇賀中学校を中等の成績で落第することもなく卒業し、ただちに網工場に就職し、本件事故前まで精神を集中する製網の仕事に従事していたこと、原告は、かつて脳梅毒、脳炎、脳腫瘍、尿毒症等の病気にかかつたことがないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
2 医学的な一般的所見
〔証拠略〕によれば、脳室に拡大がある場合、その原因としては、主として脳炎とかてんかん発作の反覆発生とかが考えられること、脳波の異常は、脳の神経細胞に機能的ないし器質的異常があることを示しており、純粋の心因的ヒステリーあるいは賠償ノイローゼの場合には、脳波に異常が出現しないこと、脳に器質的障害(挫創等)が生じた場合、その障害の部位が治癒してそこに瘢痕が形成され、その瘢痕が震源地となつて器質時障害が発生後一年位を経過しててんかん発作が発生する場合が多いこと、右のような瘢痕はレントゲン所見上認められないこと、先天性てんかんの初発年令は大部分の場合学童期であり、成人に達した後に発生するという事例は希であること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
3 因果関係の有無の判断
以上本節(一)、(二)の各1 2で認定した諸般の事情を勘案すると、本件事故発生後約一年後に発生した原告のけいれん発作および呼吸困難性の発作の症状は、本件事故によるものと認められ、また、最近発生した原告の唇のしびれも本件事故に起因するものと認められ、原告の右発作等の症状は、本件事故による後遺症と認められる。
4 心因的要素の有無
〔証拠略〕によれば、一般に呼吸困難様発作は、てんかん発作にはあまり見られず、むしろ心因性の発作による場合が大部分であること、心因性の発作の場合には場所を選んで起きる傾向があることが認められ、また、〔証拠略〕によれば、原告の発作は場所を選んで起きる場合もあることが認められる。さらにまた、原告の症状には心因時要素も含まれているとの診断に基づき抗生新薬が投与されたところ、原告の発作が漸次緩和の傾向に向かつていること本節(一)の2に認定したとおりであつて、かかる諸般の事情を斟酌すると、原告の事故後の症状の中には、かなり心因的なものが加味されていることを否定することはできない。
5 心因的要素の占める割合
本節において認定した諸般の事情を考慮すると、原告の事故後の諸症状に占める心因的要素の割合は、二割を超えることはないものと認められる。してみると、後記認定の原告の被つた損害の認定にあたつては、右事情が斟酌されなければならない。
三 責任原因
(一) 被告会社の責任
被告会社が被告車を運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。よつて、被告会社は自賠法第三条により、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告馬場の責任
1 〔証拠略〕によれば、被告馬場は、被告車を運転して雪の積つた幅員七・七メートルの歩車道の区別のない道路を湯川町方面から戸井村方面に向けて、本件バスの後方二〇ないし三〇メートルのところを毎時約四〇キロメートルの速度で右バスと同一間隔を保ちながらこれに追従進行していたこと、右バスは、本来停車すべき函館市高松町のバス停留所を通過し、その先一〇数メートルに至つて初めて停車したこと、被告馬場は、本件バスのストツプランプを見て毎時二〇ないし三〇キロメートルの速度に減速はしたものの、停車したばかりの本件バスの陰から出て来る者はいないものと軽信し、徐行ないし一時停止をすることも、また警音器を吹鳴することもなく、漫然毎時二〇ないし三〇キロメートルの速度のままで約三〇センチメートルの間隔を保ちながら右バスの横を通過しようとしたこと、そのために、右バスから降り道路を横断すべく右バスの陰から飛び出して来た原告に被告車の前面を衝突させたことが認められる。
なお、〔証拠略〕中には、被告馬場は減速することなく漫然毎時約四〇キロメートルの速度のまま本件バスの横を通過した旨の各記載がある。しかしながら、被告車の二〇ないし三〇メートル前方を毎時約四〇キロメートルの速度で進行していた本件バスが、乗客を降ろすために減速のうえ一時停止し、その直後右バスから降りその前面を通つて被告車の進路に飛び出した原告と被告車とが衝突したという時間的関係ならびに原告は被告車の前部正面に衝突されながら二節(一)の1に認定のとおり骨折等レントゲン所見上異常が認められなかつたこと等を考慮すると、右各記載部分はにわかに措信できない。したがつて、本件バスのストツプランプを見て毎時二〇ないし三〇キロメートルの速度に減速したという被告代表者兼被告馬場本人の供述を信用し、前記のとおり認定することとする。
2 右認定事実によれば、被告馬場としては、停車した本件バスの陰から右バスの乗客等が道路に進出して来ることが十分予想される状況にあつたのであるから、本件バスの右側を通過するにあたつては、右バスの陰からの横断者の有無を確認のうえ徐行し、状況により一時停止するとか、警音器を吹鳴するとかの措置をとり、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたということができる。
しかるに、被告馬場は、本節(二)の1認定のとおり、右のような注意義務を怠り毎時二〇ないし三〇キロメートルの速度に減速したのみで本件バスの右側を通過した過失により本件事故を惹起したのであつて、民法第七〇条により、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。
四 原告と被告馬場との過失割合
(一) 〔証拠略〕によれば、帰宅を急いでいた原告は、停車した本件バスから一番最初に降りた後、右バスの前にまわり、道路の交通状況をまつたく確認することなく、右バスの陰から道路に飛び出し、斜め横断を開始しようとした途端被告車に衝突されたことが認められる。なお、原告本人は、道路を横断するに際し、左右の交通の安全を十分確認した旨供述しているけれども、右供述部分は〔証拠略〕に照らし措信できない。
右認定事実によれば、原告には、道路の交通状況を十分確認することなく本件バスの陰から道路に飛び出した過失が認められる。
(二) 三節(二)の1に認定した本件事故現場の道路状況、本件バスの停車位置、被告車の速度および被告馬場の運転態度ならびに本節(一)に認定した原告の無謀な道路横断等諸般の事情を考慮すると、本件事故発生についての双方の過失割合は、おおむね原告四、被告馬場六と認めるのが相当である。
五 原告の損害
(一) 治療費 二三万二九五七円
〔証拠略〕によれば、原告は、治療費としてその主張どおり四八万五三二九円を出捐したことが認められる。しかしながら二節(二)の4 5で認定したとおり、原告の後遺症には二割程度の心因的要素が加味されているので、右治療費の全額を被告らに賠償させるわけにはゆかない。そこで、右金額の八割を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。また、本件事故の発生については四節(二)に判示のとおり原告にも四節の過失があるので、これを原告の損害額の算定にあたり斟酌すると、結局被告らに対し原告が請求しうる治療費の損害は、右四八万五三二九円のほぼ四割八分にあたる二三万二九五七円となる。
(二) 入院雑費 三万七三四四円
入院中一日当り二〇〇円のいわゆる雑費を要することは公知の事実であるので、右金額を基礎にして二節(一)で認定した入院日数三八九日間に要した入院雑費を算出すると七万七八〇〇円となる。そして、本節(一)と同様、原告の心因的要素ならびに本件事故発生についての原告の過失を斟酌すると、結局被告らに対し原告が請求しうる入院雑費の損害は、右七万七八〇〇円の四割八分にあたる三万七三四四円となる。
(三) 通院交通費 一万一〇〇一円
原告が合計三八二日通院したことは二節(一)に認定のとおりであり、また、原告が前記各病院に通院するに際し何らかの交通機関を利用しなければならなかつたことは、原告の自宅と各病院の所在地を見れば明らかである。そして、原告が通院していたころの、函館市内のバスの片道最低乗車料金が三〇円であつたことは公知の事実である。そこで、右金額を基礎にして一日分六〇円、原告が被つた通院交通費を算出すると二万二九二〇円となる。そして、本節(一)と同様、原告の心因的要素ならびに本件事故発生についての原告の過失を斟酌すると、結局被告らに対し原告が請求しうる通院交通費の損害は、右二万二九二〇円のほぼ四割八分にあたる一万一〇〇一円となる。
(四) 休業損害 七一万円
原告が本件事故当時訴外高野漁網に女工として雇用されていたことは、当事者間に争いがない。
〔証拠略〕によれば、原告は、昭和四二年一二月二三日から昭和四七年三月二七日までの一五五七日間、入・通院のため、また、全身倦怠、頭重感およびてんかん発作等のため訴外高野漁網で稼働できなかつたことが認められる。この点に関し、被告は、昭和四六年四月ころ、原告が自宅で漁網修理をしていた旨主張するけれども、〔証拠略〕によれば、被告主張の日時ころ、原告は原告の妹から依頼されて網の仕事をやつてみたものの、手につかずやめたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
次に、〔証拠略〕によれば、原告は、昭和四二年九月、一〇月、一一月の九一日間(ただし、実働七八日)に手取り八万六八九〇円(一日平均九五四円)の収入を得ていたことが認められる(原告は、本給を基礎にして請求しているが、社会保険料は稼働すれば当然差し引かれるものであるから、手取り金額をもとに計算しなければならない。)。
そこで、右九五四円を基礎にして、原告の右一五五七日分の休業損害を算出すると一四八万五三七八円となる。そして、本節(一)と同様、原告の心因的要素ならびに本件事故発生についての原告の過失を斟酌すると、結局被告らに対し原告が請求しうる休業損害は、右一四八万五三七八円のほぼ四割八分にあたる七一万円(一万円未満切捨)となる。
(五) 逸失利益 二七万円
原告のけいれん発作、呼吸困難性の発作が昭和四六年に入つてから漸次軽快し、昭和四七年二月以降発作はないこと、その後唇のしびれ等が発生したことは、四節(一)の2に認定したとおりであり、また、右後遺症には前記心因的要素が加味されていること等を考慮すると、右後遺症は、昭和四七年三月から少なくとも五年間程度残るものと考えられ、その間に心因的要素を除く純粋の後遺症により原告の失つた労働能力の割合は、平均すると三割程度と認めるのが相当である。そして、本節(四)に認定した事実によると、原告は本件事故に遭わなければ将来とも訴外高野漁網において稼働し、一日九五四円程度の収入を得続けたであろうと推認される。
よつて、右期間中に原告が失つた得べかりし利益の現価をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して算出すると、次に記すとおり四五万五九〇七円となる。
年収 954円×365=34万8210円
年間逸失利益 34万8210円×0.3=10万4463円
減収期間 5年
ホフマン係数 4.3643
逸失利益 10万4463円×4.3643=45万5907円
そして、本件事故発生についての前示原告の過失を斟酌すると、被告らに対し原告が請求しうる逸失利益の損害は、右四五万五九〇七円のほぼ六割にあたる二七万円(一万円未満切捨)となる。
(六) 慰謝料 一四〇万円
二ないし四節認定の原告の傷害の程度、入・通院期間、後遺症の程度ならびに原告の本件事故発生についての過失等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、一四〇万円が相当である。
(七) 自賠責保険金等の控除 五〇万円
原告が被告らから一九万三二三二円の支払いを受け、自賠責保険金三〇万六七六八円受領したことは当事者間に争いがない。そこで、本節(一)ないし(六)の合計二六六万一三〇二円から右合計五〇万円を控除すると、残額は二一六万一三〇二円となる。
(八) 弁護士費用 二〇万円
以上により、原告は被告らに対し各二一六万一三〇二円の損害賠償請求権を有するものというべきところ、被告らが任意にこれを弁済しないこと、そのために原告が本件訴訟の提起および追行を弁護士大巻忠一に委任したことは弁論の全趣旨および本件記録により明らかである。このことに本件事案の難易、右請求認容額その他本件に現われた一切の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、二〇万円と認めるのが相当である。
六 結論
よつて、原告の本訴請求は、以上合計二三六万一三〇二円およびこのうち弁護士費用を除く二一六万一三〇二円に対する本件不法行為の後の日である昭和四七年三月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を、仮執行の宣言および仮執行免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 原田和徳)